医のこころ
一般社団法人 日本医療学会

第29回「岸田政治への失望と危惧~軍拡・原発の推進を問う」

岸田政治への失望と危惧~軍拡・原発の推進を問う

岸田内閣の支持率が低迷している。原因はいろいろあるが、僕も「期待はずれ」と「失望」し、政策の行方を「危惧」している。特に気になるのが「軍拡と原発の推進」政策。「岸田政治」は日本に「大きなリスクをもたらそうとしているのではないか」と心配だ。

「軍拡と原発の推進」については、日本はこれまでの「重大な過誤」(侵略戦争と敗戦、震災に伴う原発事故)を反省し、一定の抑止ラインを設けて来た。軍拡については「防衛費はGDPの1%未満」「専守防衛」。原発は東日本大震災直後の「原発ゼロ・脱原発」からは転換したものの、「可能な限り依存度を低減」「新増設はもちろん建替え、運転期間の延長は想定しない」だった。

ところが岸田首相は「防衛費をGDPの2%」と倍増、「敵基地攻撃能力の保有」へと「軍拡推進」に大きく舵を切った。原発は「ベースロード電源」と位置付け、「再稼働の拡大」だけでなく、「建替え」を認め、「運転期間を40年から60年超へ延長」、更に「次世代・革新炉を開発」、「新増設も検討する」と「最大限の原発活用」に乗り出した。

岸田首相は自民党では「保守本流の名門派閥」である「宏池会」の所属で、会長を務める。宏池会は自民党にあっては「リベラル派」「ハト派」を標榜して来た。その領袖の「軍拡推進」に「看板に偽りあり」と感じた支持者もいたのでは。

岸田首相は広島が選挙区。世界初の戦争による「原爆投下被災地」の出身者として「核兵器 のない平和国家建設」を「政治家の志」として掲げて来た。その姿勢にケチを付けるつもりはないが、外相としては国連の「核兵器禁止条約」には不参加だった。今夏、G7サミットを広島で開催、「反核・平和主義のリーダー」を世界へアピールする。果たしてどこまで届くか、岸田首相の真価が問われる。

「反核」イクオール「反原発」ではないだろうが、岸田首相がここまで「原発活用に前のめり」なるとは、広島はもちろん「反核」の人々も思わず、「裏切られた」気持ちではないだろうか。

「軍拡・原発の推進」路線は、安倍晋三率いる「清和会」なら違和感はなかった。知的な政策通が集い、政争に弱い「公家集団」と言われた「宏池会」だから「失望」する。それとも本質はずる賢い「狡智会」だったのかと疑う。

岸田・宏池会の「変身」の口実はロシアのウクライナ侵攻に伴う「プーチン・ショック」。隣りの「大国やならず者国家」に「対抗出来る軍事力」を持たなければ、「何時、侵攻されるか分からない」との「危機感」だ。そして石油、天然ガスが高騰し、インフレが進行、国民の生活を脅かし、国家の経済・産業を圧迫する。この「エネルギー危機」を乗り切るには「原発の活用が有効」と判断したようだ。

しかし、軍拡推進は「国家間の緊張緩和、紛争解決に結び付かない」と歴史は教えている。むしろ国家間の緊張を高め、戦争を招く「リスクを増大」する。原発推進は「フクシマ」の「アトミック・ショック」の教訓を忘れた、「懲りない政策」としか思えない。「巨大なリスクを先送りし、膨らませる無責任な方針」と強い「危惧」を憶える。

  もちろん「失望」しているのは「岸田政治」に対してだけではない。「原発活用」に突き進もうとしている「大手電力会社とそれを支える経産省と関連業界の対応」も危うい。 日本のエネルギー政策は1973年の「オイル・ショック」で「脱石油・脱中東」を迫られ、原発依存へ傾斜した。しかし、2011年の「アトミック・ショック」で「再生可能エネルギーへの転換」を迫られた。ところが大手9電力会社は、原発再稼働への未練、執着が強く、再生エネ拡充には腰が引けた。

それは原発は「会計上は経済的」で、「安定供給出来るクリーンな電源」だからだ。そして電力自由化が進む状況でも「原発が主力電源」であれば、他業界から発電分野への参入が難しい、つまり「高い参入障壁が構築できる」との思惑が働いたと勘ぐる。

プーチン・ショックによる燃料費高騰で大手電力会社は軒並み30~40%の大幅料金値上げを申請している。その中で「原発を再稼働」している九州電力と関西電力は値上げ申請を見送った。いかにも「原発は経済性が高く、稼働していれば値上げしなくてもいい」とアピールしているかのようだ。

本当に「原発は経済的なのだろうか」。フクシマの事故が発生した時点で「結論は出ている」のではないか。福島第一原発の4基の電源が停止した時、吉田昌郎所長は「東日本壊滅」と驚愕した。それは避けられたが、世界一の電力会社の東京電力は事実上、国有化され、「チッソ化」つまり「損害賠償機関」になろうとしている。

事故の代償は大きい。東電でも負えないリスクを他の電力会社が背負える訳が無い。自らが負えないリスクの事業を進めるのは、余りに「無責任」ではないだろうか。原発は「国策民営」の事業という。ならば最後は「(国が)政府が責任を持つ」との政府・経産省と電力会社との「暗黙の了解」でもあるのだろうか。岸田首相はそうしたニュアンスを答弁に滲ませている。

だが「国も責任を取れない巨大リスクが原発には内包している」のが真実だろう。「地震と火山の大国・日本」に原発の適地はない。

加えて最近の大手電力会社の「モラルの欠如」には目を覆いたくなる。関西、九州、中部、中国の4電力は企業向け電力供給で「カルテルを結び、相互不可侵で競争を避けた」として公正取引委員会に摘発された。違反を自主申告した関電を除く3社に巨額な課徴金が課された。

更に電力自由化で誕生したライバルの「新電力」の顧客情報を大手電力が子会社の送配電会社から入手、閲覧していた不正が発覚した。この情報漏洩、不正閲覧は北海道、東京を除く大手電力8社(沖縄電力を含む)に及ぶ。2015年に設立された経産省の電力・ガス取引監視等委員会は関電と子会社に初めて立ち入り検査した。どんな処分が出るか注目したい。

戦後、日本の電力事業は大手9社の地域独占体制が築かれ、産業復興、地方再建の役割を果たした。地域独占で各社の事業は競合しないので、業界団体の電気事業連合会は各社の出向社員で構成された。業界運営は各社の言わば「談合」で行われて来た。「電力自由化」が実施されても電事連の体制は変わらず、「業界のカルテル体質、社員の意識」に変化はなかったようだ。

そして不祥事が相次ぎ発生した。これでは「電力自由化は何のための、どんな改革だったのか」、疑う。「発送電分離」「新電力の誕生」の実態と効果を経産省は検証したのだろうか。「官民とも無責任で、信頼を欠いた体制」にリスクの大きい「原発を任せられるか」。国民は判断を迫られている。

電気事業は生活・産業の重要なインフラであり、国家存亡に関わる「公益」事業。しかし、原発は運用を誤れば、国家存亡に関わる「公害」事業になりかねない。

ここは岸田首相も得意の「聞く力」を発揮、冷静になって「軍拡と原発の推進」は再考すべきだろう。特に原発は「再稼働に留め、再エネの開発、拡充を最優先」すべき。「原発リスクの先送り、膨大化」は許されない。

2023・2・3
上田 克己

プロフィール

上田 克己(うえだ・かつみ)
1944年 福岡県豊前市出身
1968年 慶応義塾大学卒業 同年 日本経済新聞社入社
1983年 ロンドン特派員
1991年 東京本社編集局産業部長
1998年 出版局長
2001年 テレビ東京常務取締役
2004年 BSテレビ東京代表取締役社長
2007年 テレビ大阪代表取締役社長
2010年 同 代表取締役会長
現在、東通産業社外取締役、日本記者クラブ会員
趣味は美術鑑賞

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