医のこころ
一般社団法人 日本医療学会

第36回『2024世界選挙イヤー~試される民主主義【前編】』

『2024世界選挙イヤー~試される民主主義【前編】』

今年は世界の約80ヵ国で大統領や国会議員を選ぶ選挙が行われる。投票する有権者は45億人に上り世界人口の過半に達する。この数は昨年の倍以上で、「史上最大の選挙イヤー」(英エコノミスト誌)となる。

「選挙は民主主義の基本」だが、選挙で「民主主義が前進する」とは限らない。むしろ最近の世界では「選挙から独裁政治が産まれる」国や地域が目に付く。選挙に勝つため候補者は「ポピュリズム(大衆迎合)政策」に走り、「民主主義の後退、政治の混乱」を招いている。「史上最大の選挙イヤー」の2024年は世界の「民主主義が試される重要な年」になりそうだ。

数多い選挙の中でも特に注目されるのは1月に実施された台湾(総統・立法委員選挙)、2月のパキスタン(総選挙)とインドネシア(大統領選挙)、3月のロシア(大統領選挙)、4月のインドと韓国(総選挙)、6月のEU(議会選挙)とメキシコ(大統領選挙)、11月の米国(大統領・連邦議会選挙)、そして期日未定だが年内にも実施が見込まれる英国(総選挙)など。更に「自民党の裏金」疑惑で「政治とカネ」の問題が再浮上、「民主主義の危機」が叫ばれている日本でも「総選挙の年内実施か否か」が政界の焦点になって来そう。

前編として1月に行われた台湾、バングラデシュからインドなどアジア各国の選挙をレビューしたい。後編はEU議会選挙と「米国大統領選挙」をフォローし、「AI時代の選挙のあり方」と「なぜ民主主義が重要か」を考えたい。

1月13日に行なわれた「台湾の選挙」が関心を集めたのは、台湾が「新冷戦」と言われる「米中対立」の一つの焦点になって来ているからだ。総統選の勝者が「親米国の民進党」か、「親中国の国民党」か、によっては「『台湾有事』も招きかねない」との懸念も強まった。

結果は「民進党の頼清徳が総統」に選ばれたが、立法委員選は民進党に替わって「国民党が第1党」を占めた。ただ国民党も立法院の議席の過半数は取れず、第3党の「民衆党がキャスティングボート」を握る構図となった。

このため今回の総統選を日本経済新聞は「勝者なき」と、ニューズウィーク誌は「敗者なき」と評した。一見、「曖昧な結果」が出たように思われるが、この選択に台湾の「民主主義の成熟度」が窺える。

その「証し」は、①国民党を支援、民進党排斥を狙った「中国の軍事、経済、情報など各方面からの圧力、選挙介入」に屈せず、民進党の頼候補を総統に選んだ②国民党の李登輝総統が台湾の民主化に舵を切って30年に満たず、台湾の民主制の歴史は浅く、政権も民進党との交代を繰り返したが、「民主制は継承」され、機能して来た③民主化以降、民進党が「初めて3期連続」で総統選に勝利、「同一政党政権が長期化」するが、議会は野党が第一党で、過半を占める「ねじれ」状況となった。「政権の独裁を許さないブレーキが働く体制」となった④72%近い「高い投票率」を維持したーなど。

英エコノミスト誌グループの研究所の「国・地域別の民主度ランキング(2022年)」によると、台湾はアジアでは唯一、ベスト10に入る民主主義体制。世界銀行の「民主化度ランク」でも台湾は日本より上位にある。

日本はアジアの国では、G7(先進主要国首脳会議)の唯一のメンバーで、「アジアの民主主義国家のリーダー」を自認している。しかし、世界の客観的調査は「台湾の方が日本より民主化が進んでいる」と評価。今回の台湾の選挙はそれを裏付ける経過・結果だった。

実は今回の選挙戦で民進党の頼候補は中国を刺激するのを避け、「『独立』との発言を封印した」。一方、国民党の侯候補も基本方針は「不統不独(中国と統一せず、独立もしない)」。つまり両党とも「現状維持」を「不撓不屈に実現して行く」姿勢を示した。

こうした政党の現実的な方針に「中国人ではなく台湾人」との意識が高まっている有権者が、民主的に判断し、「総統は民進党、立法院は国民党」との「ねじれ」を選択した。 「史上最大の選挙イヤー」の冒頭を飾った台湾は、心配された「民主主義の後退」どころか「民主主義の灯台」と呼ばれ、世界に明るい希望を燈した。

ところが、台湾より1週間前に行われたバングラデシュの総選挙では、与党が74%の議席を獲得する圧勝で、4期連続で政権を担う。野党は選挙に「不正がある」と批判し、立候補をボイコット、デモやストライキも発生、投票率も42%弱と低く、民主的な選挙が行われたと言えない状況。これから行われる世界の選挙は「台湾型」より選挙の公正さが疑われる「バングラデシュ型」が多くなりそうな気配だ。

中でもロシアの大統領選挙は、選挙という民主的手法を使ったプーチンの「独裁政治の上塗り工作」。ウクライナとの「戦争反対を主張」している元下院議員のナジェージュンなどは立候補が認められず、選挙戦から排除された。「プーチンの圧勝」が選挙前から確実視された形式的な「信任投票」。

プーチンは敢えて「無所属で立候補」だが、推薦人に世界的指揮者のゲルギエフやフィギュアスケートの「皇帝」プルシェンコが名を連ねる。更にロシアの主要政党が「プーチン支持を表明する」茶番劇で、一党一派ではなく、「国民全体からの支持」を得る形を取ろうとしている。

そこでウクライナ侵攻で「占領した地域」を含め、投票率70%台、得票率は「過去最高の80%以上」を目指す。それによって「(ウクライナ侵攻の)特殊軍事作戦の正当性」と「実効支配のウクライナ占領地をロシアの領土と国民に意識させ、既成事実化」の「証し」とする狙い。

プーチンは3月の選挙を経て「通算5期、在任26年の大統領」となる。今回の選挙に備えてプーチンは憲法を改正、大統領任期を延ばしたうえ、6年後も立候補できるようにした。その結果「2036年まで大統領に在任可能」で、事実上の「終身大統領」となりそう。

1917年の「革命」でロマノフ王朝が崩壊、「共和政となったロシア」に1世紀余りを経て「選挙」で「(皇帝プーチンの)帝政」が復活する。アナクロニズム(時代錯誤)も甚だしい。プーチンのシックなネクタイのスーツ姿は世界の首脳の中でも際立っているが、実は「裸の王様、◯◯チン状態」と揶揄される所以だ。

人口が中国を抜き世界一となったインドは「世界最大の民主主義国家」との称号を得たが、4月から5月にかけて行われる総選挙では「モディ首相の優勢」が伝えられている。政権が長期化するにつれ、モディ政治は「強権化、ヒンズー教至上主義」の色彩を強めている。インドをいつまで「世界最大の民主主義国家と呼べるか」怪しくなって来た。

2月8日に行われた隣国パキスタンの選挙では「与野党双方が勝利宣言」する異常な状況が生じた。最多議席を獲得したのは「予想に反して」最大野党の「パキスタン正義運動(PTI)」派の「無所属候補」。PTIを率いる元クリケットのスター選手で首相も務めたイムラン・カーンが、汚職で収監され、候補者はPTIからの立候補が認められず、「無所属で出馬」を強いられたが、「最多の当選」を勝ち取った。

党としては与党の「パキスタン・イスラム教徒連盟シャリフ派(PMLーN)」が第1党になった。このためやはり元首相のナワーズ・シャリフは「4度目の首相」を目指し、連立政権へ動き始めている。シャリフ派には「軍が後ろ盾」になっており、「選挙」は「軍の圧力」に反発する結果も出たようだ。その点では「民主主義が機能した」とも言えるが、「選挙に不正があった」と抗議活動も起きており、「社会不安、政治の混乱」が続きそうな情勢。

「連立政権の構成」、「軍の関与」状況によっては「権威主義的な強権政治」が行われる恐れもある。インドと競い、共に「核保有国」となった一方、隣接するアフガニスタンと並んで、「テロのデパート」とレッテルを貼られる「不穏な国家」状態を脱することが出来るか。「選挙後の政権運営」にかかっている。

続いて14日にインドネシアの大統領選挙が行われた。2期10年の任期満了で退任するジョコ大統領の後継争い。ジョコが支持し、長男のギブランを副大統領候補に据えたプラボウォ・スビアントの当選が確実となった。

プラボウォは現職の国防相で、スハルトの娘婿であり、独裁政権下の国軍幹部の前歴を待つ。インドネシアはスハルト政権崩壊後、曲がりなりにも「民主化」の道を歩み、ジョコ時代は着実な経済成長を遂げてきた。だからジョコの人気は高ったが、所属する「闘争民主党」の候補ではなくプラボウォの支持に回ったため「縁故主義」との批判を浴び、「民主政の後退」が懸念されている。

人口世界一のインド、4位のインドネシア、5位のパキスタン、8位のバングラデシュと、いずれもインド洋の北東を縁取る諸国。この地域の合計人口は約20億人と世界の四分の一を占め、構成年齢も若い。世界で最も「ポテンシャルが高く、バイタリティに富んだ地域」と目されて来た。こうした情勢を背景にインドやインドネシアは最近、注目され始めた新興の発展途上国群の「グローバルサウス」のリード役・中核的存在となりつつある。

この地域の重要性やグローバルサウスには中国も着目、「一帯一路」の戦略を推進、同地域への影響力を強めつつある。このため、これらインド洋諸国が「2024世界選挙イヤー」を境に「民主主義を維持、前進できるか」、「権威主義ヘ転落するか」ー「21世紀の世界の有り様」を決めるカギとなる。

最後に選挙は絡まないが、インド洋沿岸国として気になるのは「ミャンマーの動向」。この2月1日に軍事クーデターで国軍が政権を掌握して3年になる。ミンアウンフライン国軍総司令官は民政を主導したアウン・サン・スー・チーを拘禁し、首都を抑えたが、未だ全土支配に至っていない。

昨秋、複数の「少数民族武装勢力の一斉蜂起」に「若者のゲリラ部隊」が連携し、各地で国軍ヘの攻勢を強めている。隣国タイのチュラロンコン大教授のティティナン・ポンスディラックはNIKKEI Asiaで「国軍が内戦に勝てないことが明らかになりつつある」と予測。「権威主義が台頭する世界で、ミャンマーが民衆の反撃の模範」、「若者の行動や力は、独裁政治を抑えたい国々にとって極めて重要な道筋を示す」と評価している。

「スー・チー女史が復権出来るか」定かではないが、アジアでも「民主主義」は「後退する」ばかりではなく、「復活する」兆しもある。ミャンマーの旧国名はビルマ。「ビルマの竪琴(たてごと)」ならぬ「ビルマの出来事(できごと)」に我々は耳をそばだて、目を凝らすべきだろう。(敬称略)

2024・2・14
上田 克己

プロフィール

上田 克己(うえだ・かつみ)
1944年 福岡県豊前市出身
1968年 慶応義塾大学卒業 同年 日本経済新聞社入社
1983年 ロンドン特派員
1991年 東京本社編集局産業部長
1998年 出版局長
2001年 テレビ東京常務取締役
2004年 BSテレビ東京代表取締役社長
2007年 テレビ大阪代表取締役社長
2010年 同 代表取締役会長
現在、東通産業社外取締役、日本記者クラブ会員
趣味は美術鑑賞

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