医のこころ
一般社団法人 日本医療学会

中国に早期リハビリの定着を目指す 北京にリハビリ医療の管理・運営会社を設立

今回は長野県松本市に本拠地とし、中国の北京にリハビリテーション医療の運営管理を行う現地法人を設立した相澤病院を紹介する。人口の高齢化の進展の背景に中国でもリハビリテーションを充実させる動きが始まっている。リハビリテーションを核に中国展開をはかる同病院に精算を探った。

相澤病院の外観

2015年3月、報道機関に向けて長野県松本市に拠点を置く相澤病院からあるプレスリリースが出された。中国の北京市に現地法人「相澤(北京)医院管理有限公司」を設立した(登記日は2015年3月6日)という発表だった。リリースはこの現地法人が、同院が培ってきた先鋭的なリハビリの技術、マネジメントおよびリハビリセンター運営のノウハウを活かし、「リハビリを必要とする中国人民がより良質で安全なリハビリサービスが受けられるようにすることを図って」いくとの方針を表明した。

相澤(北京)医院管理有限公司の董事長(日本の理事長に相当)には、相澤病院のリハビリ医療に従事していた理学療法士の熊﨑博司氏が、現地の日本側の責任者である総経理(日本でいう取締役)には相澤病院のリハビリ部門の責任者だった大塚功氏が就任した。スタッフは相澤病院で日本の看護師免許を取得した中国人看護師1名を含め3人。市内で脳疾患の治療に定評がある北京天壇普華医院(60床)においてリハビリを指導、管理することが主な業務だった。開設から2年を経過して、現在は相澤病院の国際課の課長となった熊﨑氏によると「開設までには紆余曲折があった」と振り返る。

国際認証の取得に乗り出す

相澤病院国際課の熊﨑博司課長

相澤病院と中国との交流は、研修目的で医師や看護師を受けいれる、いわゆる医療人材交流として、かなり以前から行われていたが、国際展開と言う視点での拠点設置に比べると、本格的なものではなかった。同病院が海外に視線を向ける転機となったのは2010年。同病院がJoint Commission International(JCI)の認証の取得に乗り出したのだ。

JCIは米国のJoint Commission(JC)が約50年前から行っている、医療組織や医療プログラムを評価、認証する仕組み。米国の病院の90%はJCの認証を取得しているといわれ、国際的にその病院の組織や医療プログラムの質を認定する最も信頼されたシステムとされている。日本では2009年に亀田メディカルセンターがJCIの認証を取得したのを皮切りに、済生会熊本病院、聖路加国際病院、湘南鎌倉病院などの著名な病院が競うように認証を取得した。

取得のためには360項目の様々な手順の規格と、1000点以上の採点要素とを評価され、クリアしなければならない。JCI担当の医師と熊﨑課長が中心になって、準備にあたった結果、相澤病院は2013年2月に認証を取得することができた。

JCIの認証の取得の目的を熊﨑課長は次のように語る。「病院が巨大化するにつれ、以前のようにスタッフがあうんの呼吸で動き、日々の診療を進めることが難しくなってきた。JCIの承認取得を介して、自らの組織や運営のあり方を見直してガバナンスを高めたいと病院の経営層は考えていた」。海外から患者や検診の受診者を受け入れるメディカルツーリズムの気運が盛り上がったことも追い風になった。現在、相澤病院では主にがん医療の受診を希望する患者を受け入れている。

海外に目を向けつつあったときに、経済産業省の「医療機器・サービスの海外展開の調査及び実証」の事業に2012年から参加、高齢化が進むにも関わらず、リハビリ資源が不足している中国に日本型のリハビリ医療のニーズや導入に向けた調査を開始する。

リハビリに対する理解不足の壁

相澤(北京)医院管理有限公司の様子

松本市は1995年より河北省の廊坊市と友好都市の関係にあった。そこで当初は拠点建設の可能性を廊坊市に近い大都市である天津市で探った。しかし、頼りにしていた中国側の医療機関の出資者が頻繁に変わるなどの問題もあり、2014年に天津における展開を断念した。

しかし天津市での活動が縁で、中国の関係者から紹介されたのが最終的に連携することになる「北京天壇普華医院」だった。北京市内にあるこの病院は米国系の医療投資グループAsia-Pacific Medical Groupと中国では脳神経外科の病院としてトップクラスにある天壇病院がそれぞれ70%と30%を出資した外資系の医療機関。ベッド数は60床ほどで、糖尿病治療も手がけているが、主な診療は脳神経外科や神経内科。

北京天壇普華病院の特徴は、中国では珍しいことにリハビリに力を入れていたことだ。しかしその内容は日本のリハビリとは大きな隔たりがあった。日本の脳卒中の治療では、病気の発症後又は手術の後にできる限り早期に座らせ、歩行訓練や摂食・嚥下訓練を実施する、いわゆる早期リハビリが推奨されている。時間が経過すればするほど、関節が拘縮する、筋肉が落ちて廃用症候群を発症するなどの後遺症が大きくなるためだ。患者に無理なく実施するために、多職種の医療スタッフらが密に連絡を取り、患者一人ひとりの体力や退院後の生活スタイルに合わせたプログラムを組むことも普通だ。起き上がれなくても又は座れなくても理学療法士が介助し歩行訓練などは進めて行きます。

一方中国では、社会復帰を念頭においたプログラムが立案されることはなく、医療スタッフ間の情報交換も不足していた。「20年前の日本でそうだったように術後はまず絶対安静を優先する傾向が強い」と熊﨑課長は指摘する。多くの患者はベッドの上で筋力強化訓練や関節可動域訓練が行われるのが一般的だ。つまり寝た状態での他動的なリハビリが中心で、積極的な離床や起立訓練、下肢装身具を用いた歩行訓練などは殆ど行われていない。

この背景にあるのが。日本では理学療法士や作業療法士、言語療法士が各専門知識や技能を組み合わせてリハビリに当たるのが、中国ではリハビリ療法士という1つの職種がすべてをこなす。早期リハビリの重要性が浸透していないのも、「リハビリ療法士が脳卒中後の機能回復機序(中枢神経の可塑的な変化や神経ネットワークの再構築)や運動学習理論などの新しい知識が不足している」(「リハビリテーション事業の中国展開に関する実証調査プロジェクト・報告書」より)ためだ。

「当初は、北京天壇普華病院の院長も相澤病院が提案したリハビリプログラムに懐疑的だった」と熊﨑課長は語る。しかし、2週間にわたって5人の患者に対して日本式のリハビリを行ったところ、非常に大きな変化が見られた。「ぜひ、当院でやりたい」。院長は態度を大きく変えた。それは「中国で患者のための早期リハビリを広げる」という相澤病院の方針が決まった瞬間でもあった。そこで、相澤病院と酒井医療株式会社、川村義肢株式会社とコンソーシアムを立ち上げ、事業に着手した。

現地で医療を管理する会社を設立

問題は、中国国内でどのような形態で医療を展開するにあった。

熊﨑課長は「自前で病院を北京市に建設する、日本から技術を指導するスタッフを派遣する、現地でリハビリ医療を指導し、管理する組織を立ち上げるなどの選択肢があったが、結局現地でスタッフが常駐し、リハビリとその施設の運営を管理することに決定した」と話す。

自前の病院を北京市に建設することは民間病院である相澤病院にとってはリスクが大きい。ただ技術指導を行うだけでは十分な効果を挙げられない可能性があった。検討の結果、施設の運営管理を北京天壇普華病院から受託する会社組織の立ち上げが最も適しているとの結論に達した。現在でも総勢3人の小さな組織だが、「中国に早期リハビリを広げる」という大きなミッションを持った組織だ。

中国政府のリハビリ政策が追い風

開設して2年を経過したが、経営的にはまだ苦しい状況である。「なんとか中国の医師らに早期リハビリの意義を知ってもらいたい。これが会社の黒字化につながるはず」と熊﨑課長はいう。機会を見つけて大塚総経理が中国の医師を前に講演を行い、日本式のリハビリプログラムの有用性を説く活動を続けている。しかし、手術の直後に歩行させるなどの日本式のリハに対する絶対安静神話が根強い中国医師たちの反応はまだ鈍い。

しかし、風向きが変わる可能性はある。「数年前から中国政府が術後のケアの重要性や介護体制の強化などの見直しを政策として進めている」(熊﨑課長)からだ。中国では脳卒中の患者も増えている、高齢者も増えている。発症後または術後の早期リハビリによって要介護状態に陥る患者の数を減らし、その程度を改善することができる医療は重要だ。中国の医療界が相澤(北京)医院管理有限公司の価値に気がつく日は意外と近いかもしれない。

病院プロフィール

社会医療法人財団 慈泉会 相澤病院
理事長・最高経営責任者 相澤孝夫氏
病院長 田内克典氏
病床数 460床
住所 〒390ー8510 長野県松本市本庄2-5-1
WEB http://www.ai-hosp.or.jp/

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