医のこころ
一般社団法人 日本医療学会

先制医療で世界市場を開拓する

北海道帯広市の北斗病院は、2013年5月にロシアのウラジオストクに「北斗画像診断センター」を開所した。成長を続ける海外市場の開拓を目指す同病院が記した第1歩だ。

北斗病院の外観

北斗病院がロシア・ウラジオストクに開設した「北斗画像診断センター」は、MRIやCTなど現地に乏しかった最新の医療機器を備える。従業員は北斗病院から出向した放射線検査技師2人と、ロシア人のスタッフを含め総勢25人。検診事業を通じて現地住民の健康促進と現地の医療レベルの向上を目的に掲げた。事業主体は現地保養所などロシア側2社、日本側は北斗病院とロシア専門商社のピー・ジェイ・エル株式会社の2社の合計4社による合弁会社(北斗病院の出資比率は49%)を設立、ロシアで始めての日露合弁事業による医療機関だった。

遠隔画像診断をフル活用

鎌田一理事長

同センターが手がけているのは現地の健常者の脳ドックや心臓ドック、がん検診事業。加えて連携関係にある周辺医療機関から依頼された患者の画像診断も担当する。特徴は遠隔画像診断を取り入れたところだ。CTやMRIなどの装置を帯広の北斗病院の専用回線に接続、北斗病院の画像診断専門医が診断しレポートを行っている。さらにウラジオストクでは対応できない高度な治療が必要と判断された患者は、北斗病院で受け入れることもある。

実際、13年10月にはセンターのMRIで椎間板ヘルニアと診断された男性患者が北斗病院に移送され、治療を受けた。このケースを皮切りに現在までに数十名の患者を受け入れている。

現在、利用者数は1日30人前後、1年では8000人にのぼる。機器はほぼフル稼働状態だ。世界保健機関(WHO)によるとロシア国民の平均寿命は69歳(2011年)。脳卒中や心臓病を予防する医療へのニーズは高く、今後は企業や団体の検診に事業を拡大する計画でいる。日本に比べると10年も短い。そこに事業ニーズがあるというのが北斗病院の判断だった。

北海道の人々にとってロシアは身近な存在だ。成田空港からウラジオストクまで飛行機を使えば2時間で移動することができる。ウラジオストクは周辺地域を含めると200万人近い人口を抱える。しかし、市内の医療機関にはCTやMRIなどの画像診断機器は数台しかない。 

北斗病院の鎌田一理事長は「ウラジオストクに出たのは、距離的に近いという理由もある。そもそも、日本とロシアには深いつながりがある。しかし遠隔画像診断を使えば、そうした地政学的な要因はそれほど大きなものではない。例えばシンガポールでもよかった」と語る。

国内で国民皆保保険に頼る限界

ウラジオストク画像診断センターの外観

北斗病院の開設は1993年。医師7人を含めスタッフ94人の小病院としての船出だった。脳外科医の鎌田理事長には「21世紀の医療の核は2次予防医療にある」という確信があった。脳ドックをコアに精力的な検診事業によって十勝地方の脳卒中関連死を減らす。この“十勝モデル”の拡充を進めた結果、現在では心臓ドックやがんドック(PET検診)を含め業容が拡大。傘下のクリニックやリハビリテーション病院を含め、1500人のスタッフを擁する十勝地方有数の病院ネットワークに成長した。海外から受診する患者も多い。院内には英語、ロシア語、中国語、韓国語、インドネシア語、タガログ語(フィリピン)の通訳サービスが可能と告知する掲示もある。

なぜ国外で医療サービスを展開するか。

この質問に対して、鎌田理事長は日本の社会保障が大きな転換期にあることを挙げた。「2025年には団塊の世代が75歳を超えた後期高齢者になる2025年問題が迫っている。しかも来年は“惑星直列”も控える」。社会保障の分野でいわれる惑星直列とは、新しい医療費適正化計画の実施、国民健康保険の財政都道府県単位化、診療報酬と介護報酬の同時改定など医療、福祉分野の重大改革がまとめて行われる事態を指している。

「しかも2060年には日本の人口は1億人を切る。社会保障は大きく変容せざるを得ない。国民皆保険制度は主に掛け金を払う生産年齢人口が右肩上がりで増えることが前提になっており、このままでは立ちゆかなくなることが目に見えている。一方で世界に目を向ければ、よりよい医療を求めて国境を越える患者は600万人以上いる。海外への展開は自然」と鎌田理事長は語る。

医学は生命科学、医療は事業

ウラジオストックに乏しかった
最新の画像診断機器を備える

北斗病院は2008年に事業ビジョンの見直しを行った。背景にあるのは人口動態の変化による医療環境の変容であり、もう1つは2003年に完了したヒトゲノム計画だという。鎌田理事長は言う。

「医学と医療は本質的に異なる。医学は生命科学であり、医療は事業だ。しかし、医療の根本原則は医学をベースにした研究・開発にある。ヒトゲノム計画の完了は医療のベースを根本的に変えつつある」

ゲノムの解析が今以上に進化すれば、その個人が将来、どのような病気にかかるかが予測できるようになる。そうすれば、鎌田理事長が開院時に掲げた2次予防医療(2007年頃には先制医療へと進展)がより実効性が高いものになるはずだ。

現在、肺がんや大腸がんではがん細胞の遺伝子変異を調べ、それにマッチした薬物療法を提供する試みが始まっている。2015年1月に米国のバラク・オバマ大統領(当時)が一般教書演説の中で提唱した精密医療(プレシジョン・メディシン)もこの流れを汲んだ主張だ。このがん患者のがん細胞の遺伝子解析を行う遺伝子検査(がん遺伝子外来)を日常的に行う医療は、昨年の5月より北海道大学が開始した。道内2番目に開始したのが北斗病院だった。3番目が北海道がんセンターであったことを考えると、民間病院である北斗病院の動きの速さが目を引く。

「がん医療で注目される免疫チェックポイント阻害薬も総効率は2~3割程度と低く、効果を予測するバイオマーカーの探索が必要。ゲノムだけではなく、様々な因子を組み合わせてバイオマーカーを探索する必要がある」。鎌田理事長の口からは大学病院の教授と見まがうような専門用語が次々と飛び出す。

人口もGDPも安定期に入った日本とは違い世界はなお成長を遂げている。ヘルスケア産業も急進中だ。北斗病院にとって、ロシア進出は、海外展開を推し進めるための第1歩に過ぎない。

海外進出に欠かせない長期ビジョン

「象徴的な事例は、日本生命が中国の富裕層相手に医療保険を売り出したこと」と鎌田理事長は語る。この保険を購入した人ががんに罹患した場合、追加費用抜きで日本国内での治療を受けることが可能という商品だ。「つまり、中国で日本の保険を買うことによって日本の医療を買うことができるということだ」

日本の医療機関が海外で展開する上で重要な点が北斗病院のウラジオストック画像診断センターの事業を通じて見えてきた。進出前の入念な現地調査に加え、効率的な投資を行うための先端技術を活用すること。そのためには、生命科学としての医学の進歩と事業としての医療の成り立ちを支える長期的なビジョンを経営者が持っていることだ。 

病院プロフィール

社会医療法人北斗 北斗病院
理事長 鎌田一
院長 井手 渉
所在地 北海道帯広市稲田町基線7番地5
病床数 267床
WEB https://www.hokuto7.or.jp/

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