医のこころ
一般社団法人 日本医療学会

2020年までに膵臓がんの生存率を倍増させたい

膵臓がんはがんの中でも予後が悪いがんの筆頭である。米国には膵臓がん対策の政策提言組織PanCANがある。その日本支部であるパンキャンジャパンも、患者啓発と同時に、日本政府や医療者らに様々な提言を行ってきた。パンキャンジャパン理事長の真嶋善幸氏に、膵癌克服のための活動実績と今後の活動方針を語っていただいた。同氏は、政府や医師らに要求するばかりではなく、患者自身が賢くなることが重要だと説く。

NPO法人パンキャンジャパン・真嶋善幸理事長

私はNPO法人のパンキャンジャパンの理事長をしています(http://www.pancan.jp/、写真1)。“パンキャン”とは聞き慣れない言葉だと思いますが、米国のカリフォルニア州に本部を置くNPO法人Pancreatic Cancer Action Networkの略称で、英語表記でPanCAN、日本語に翻訳すると「膵臓がんアクションネットワーク」となります。すなわちパンキャンジャパンは、このPanCANの日本支部ということになります。一般的ながん患者会は、患者さんや家族の方々に正確な医療情報を提供することに重きを置いています。PanCANならびにパンキャンジャパンはそのような教育啓発に加え、新しい医療体制の構築にも積極的に寄与し、医療者とともにより良い膵臓がん治療を築いていくアドボカシーを活動の目標としています。

日本に限ってみると膵臓がんは毎年3万人以上を死に追いやる、非常に冷酷ながんです。がんの治療は日進月歩で進歩し、治療成績は年々向上しているのに、膵臓がんの5年生存率はわずか8%。主要ながんの中では最下位という厳しい状況にあります。

膵臓がんが厳しいがんである事情は日本に限らず、米国なども同様です。

米国のPanCANは、お父様を膵臓がんで亡くされたジュリー・フレッシュマンさん(現在、PanCANのCEO)が中心になって発足させたNPOです。患者さんや家族の方々に膵臓がん医療の最新の情報を届けるとともに、研究者への研究助成や、研究者や医師と共同で政府に対して様々な提言を行っています。活動目標は「2020年までに膵臓がんの生存率を倍増させる」というものです。

膵臓がん撲滅のカギは研究にあり

米国PanCANは2003年に膵臓がん研究者に研究資金を助成するプログラムを開始しました。これまでに、日本円にして約39億円の研究助成を米国の研究者に授与してきました。助成対象となった研究テーマも多岐にわたり、予防、早期発見、予後予測、治療、サバイバーシップなどがあります。PanCANは研究の助成のほかに研究者間の交流、さらには研究者と患者の交流にも注力しています。

なぜこのような活動を続けているかというと、「膵臓がん撲滅のためのカギは研究」にあると確信しているからです。

膵臓がんはまだまだ謎が多いがんです。そのためには生物学の基礎研究も欠かせません。そこで行政に対して膵臓がん研究予算の増額を要求し続けてもいます。米国でも膵臓がんは予後が悪いがんであることが知られ、年間研究予算も増えてきました。しかし、乳がんの5億3000万ドル、肺がんの2億5000万ドルに比べると膵臓がんは1億2000万ドルと決して多くはありません。

日本支部を立ち上げた理由

留学を機に米国に生活基盤を置いていた私は、身近な肉親を膵臓がんで亡くしたことをきっかけにPanCANの活動を知りました。そして日本への帰国を契機に日本でもPanCANのような活動が大切だと思い、フレッシュマンさんに申し出て、2006年にパンキャンジャパンを立ち上げました。

当時の日本の膵臓がん治療の最大の課題はドラッグラグでした。つまり、欧米で使用できる治療薬が日本ではなかなか承認されず、それを待てずに多くの患者さんが亡くなっていることが大きな社会問題になっていました。各患者会と連携して政府に働きかけを行った結果、医薬品の審査に当たる行政組織である独立行政法人・医薬品医療機器総合機構(PMDA)の審査期間が短縮され、1年を切ることなり、この問題は解決したと思われています。

しかし、がん研究予算は日本と欧米では差が開きつつあり、それが原因となってドラッグラグ問題の再燃も懸念されています。そこで現在、パンキャンジャパンでは「1つでも多くの医薬品が国際共同治験に日本からも参加して参加して、世界同時承認を受けること」を目標に活動を続けています。幸いなことに国立がん研究センターの先生など専門医の皆さんからもご理解とご支持をいただいています。

賢い患者になって新しい医療をつくる

米国がん学会で開催される
患者リーダーの養成講座風景
(2016年年次総会開催時に撮影)

また、膵臓がん医療セミナーを全国で開催し、ハイリスクの方々を対象に早期診断・早期治療の大切さを訴えることもパンキャンジャパンの大切な活動です。少しでも早く膵臓がんを見つけることが、生存率を向上させることになるからです。専門医の講演を通して膵臓がんに基礎知識から最新治療法までエビデンスに基づいた医学情報を患者さんや家族の皆さんが学べることができるようになりました。 

現在パンキャンジャパンが最も力を入れていることは、患者リーダーの育成です。患者リーダーといっても、一部で懸念されている圧力団体としての患者会を目指しているわけではありません。米国がん学会(AACR)ではがんの研究者と患者とが積極的に交流することによって新しいがん研究やがん医療の方向を決める事業「科学者・サバイバープログラム」を展開しています(写真)。科学者とともに研究や医療を構築するためには、患者の側もがん医療や医学を勉強する必要があります。日本癌学会や日本癌治療学会などの日本を代表する専門学会でもそのような取り組みを始めています。

患者は単なる医療の受益者ではなく、医療へ積極的なプレーヤーとして参加し、情報を発信することがルールです。勉強した患者が新薬の治験を審査するIRB(倫理委員会)に参加することも求められます。その際に、患者としての立場にありながら、医療者や研究者とともに建設的な議論に参加できなければなりません。そのために必要な教育、トレーニングもPanCANやパンキャンジャパンのような組織の重要なミッションであるといえます。

今後もパンキャンジャパンは患者、家族、医療者、企業、メディア、行政の方々と強固なスクラムを組みながら、膵臓がんの患者・家族、研究者、医療者と協働しながら活動し、米国のPanCANが掲げた「2020年の生存率倍増」を日本でも達成したいと考えています。(談)

プロフィール

真嶋善幸 (まじま・よしゆき)氏

1948年東京生まれ。オタワ大学、カリフォルニア大学ロスアンゼルス校(UCLA)を卒業後、同大学の博士号課程に進み、Rand Corporationにて健康政策分析プロジェクトに参画。医療・教育ソフトウェアの企業で医療関係者を対象とするソフトウェア事業を進めたのち、出版 社の新規事業開発を支援。 2006年4月に実妹を膵臓がんで失くし、この年パンキャンジャパンを発足。2012年に自身が膵癌の疑いが濃厚となり膵全摘手術を受けた。膵臓がんサバイバーとしてドラッグラグ問題解消、研究者支援に向けた活動などを進めている。

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