医のこころ
一般社団法人 日本医療学会

米国にまなぶ医療用麻薬との正しい付き合い方

米国立事故防止センターが2018年3月に、2016年7月~2017年9月の約1年間に、処方箋オピオイド鎮痛薬(以降、オピオイド)の過剰摂取による救急科受診者が全米で14万人を超え、前年度に比べて約30%増加したことを報告した。ホワイトハウスも、オピオイド鎮痛薬依存者がスポーツや芸能のスーパースターから一般市民にまで、あらゆる社会階層で広がっていることに警鐘を鳴らしている。はたしてそうした問題は日本でも起こりうるのか、もしそうだとすればどのような対策が必要なのか、獨協医科大学麻酔科の山口重樹教授に聞いた。

米国では医療用麻薬が簡単に手に入る

山口重樹先生 獨協医科大学麻酔科教室

米国のスポーツ選手やミュージシャンが、オピオイドの過剰摂取や乱用で死亡したことが相次いで報道され、多くの方が驚かれたのではないでしょうか。医療用麻薬もオピオイド鎮痛薬の一種です。麻薬とは、モルヒネを代表とした医療用にのみ使用が許可された医療用麻薬、ヘロインを代表とした医療での使用も許可されていない非合法麻薬とに分けられます。米国での「オピオイドクライシス」よばれている問題は、医療用麻薬であえるオピオイドによるものです。オピオイドは強力な鎮痛作用を有するため、医療に必須の薬であると言えましょう。しかし、本来有用なオピオイドも使用方法を間違えれば、人生にとって大きな脅威となり得ます。

米国においてより深刻なのは、オピオイドの不適切な使用は有名人に限ったことではなく、人種や貧富の違いを問わず、あらゆる階層に広がっているという点にあります。言い換えると今や米国社会にとって“オピオイドの不適切な使用”は社会問題化していると言えます。

この背景には、オピオイドが当たり前のように処方される風潮があります。たとえば、抜歯したときなど、日本では非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)やアセトアミノフェンなどの薬が普通に使用されますが、米国ではオピオイド鎮痛薬が処方さることも珍しくありません。また、米国では帝王切開後の退院時(通常、翌日退院)にオピオイドが1カ月分も処方されているという話も聞きます。これらの問題は、米国の医療保険制度に問題があると思われ、使用されなかったオピオイドが社会に氾濫した結果、米国ではオピオイドが簡単に入手できる環境になってしまったと言えましょう。

しかし、いくらオピオイドが精神依存(以降、依存)の可能性を秘めた医療用麻薬であっても、手術、ケガ、歯科治療等のあとに2~3日使う程度であれば依存になることはまずありません。それでは、なぜ過剰摂取や乱用、依存に至る人たちがいるのでしょうか。われわれが普段使用しているNSAIDは、主として末梢に作用して身体的な痛みを緩和する薬剤です。それに対して、オピオイドは中枢神経に作用する薬剤です。身体的な痛みだけでなく、感情、認知、行動にも影響を及ぼし、精神的苦痛、社会的苦痛、スピリチュアルな苦痛など、あらゆる辛さを解決してくれる可能性があります。特に、オピオイドによって身体的な痛み以外の痛みが緩和されてしまった場合、処方医がこのことに気づかないと依存に陥る可能性が高まります。

身体的な痛みの緩和目的に処方されたオピオイドが、当初の目的とは異なった目的での使用(例えば、憂鬱の緩和、不安の解消、倦怠感の緩和等)されたり、他人に譲渡されて不適切に使用されたりして、知らずのうちに依存に陥っていしまったといったケースが、米国では多く見受けられます。たとえば、スポーツ選手では、ケガが治ってもなかなか調子がもとに戻らないとか、ミュージシャンであれば以前のように曲をつくれないとか、心理社会的ストレスを抱え、それらの緩和目的にオピオイド鎮痛薬が使用されてしまった結果、深刻な問題に至ってしまったということです。

服用状況から真の依存を見きわめる

一方、日本では米国とは異なり、オピオイドの使用に非常に厳しい規制が設けられています。そのため、現行の規制が維持されれば米国のような問題は起きにくいとはいえます。ただ、御用や依存が拡大する可能性がまったくないわけではないので注意は必要です。

日本でオピオイドが用いられるのは、がんの患者さんがほとんどです。近年はがん治療が飛躍的に進歩し、余命が延長されるだけでなく、長期にがん治療を受けている人やがんを克服した人,がんサバイバーとよばれる患者さんが増えています。しかしながら、がんサバイバーの患者さんでは、再発するのではないかという不安や、様々ながん治療に伴う辛さ、がん治療による身体的変化に伴う複雑な思いなどを長期に渡って抱えることになります。このようのがんサバイバーの患者さんの様々な辛さに対してオピオイドが不適切に使用されている場合も散見されるようになっています。

われわれ痛みの専門医は、オピオイドを処方している患者さんが不適切使用に陥らないように常に気を配っています。例えば、がん疼痛に対して処方されていたオピオイドの増量を患者が訴えた際には、単に痛みが悪化してオピオイドの必要量が増えてきていると判断するのみならず、もしかしたら、オピオイドを不適切に使用している(例えば、気持ちの辛さにも使用している)可能性も考えなければならない場面もあります。気持ちの辛さにオピオイドを使用することに対してケミカルコーピング(物質によるストレスの解消)などの言葉が使用されますが、この行動そのものはオピオイドの乱用であり、早期のその兆候を発見しなければ、将来の依存の危険性が高まってしまいます。一方、偽依存と呼ばれる本来はがんが進行するなどして痛みが悪化しているのにもかかわらず医療者がオピオイドを乱用していると判断してしまうこともあり得ます。この偽依存は、患者にとって痛みを和らげてもらうという権利を奪うことになり(医原性症候群)、避けなければならない問題です。がん患者においてケミカルコーピング、偽依存共に未然に防がなければならない問題です。オピオイの処方に際しては、医療者の「疑いの目を持ちつつ、患者に寄り添う気持ち」が重要となります。

使用者に寄り添い、見守ってほしい

がん患者さんの生存率が向上する中、日本でもオピオイドの処方数は着実に増えています。ある国内の調査では、オピオイド使用患者さんの7.4%が乱用や依存につながる不適正使用をしていることが報告されています 1)。したがって、日本でも米国のような社会問題にならないように、国民も医療者も日ごろから十分な注意が必要で。まず大切なことは、オピオイドの特徴をしっかり理解することです。オピオイドは一般的な鎮痛薬に比べて鎮痛作用が強力なのではなく、中枢性(特に脳)に作用し、身体的苦痛の緩和のみならず、身体以外の辛さ(精神的苦痛、心理社会的な苦痛、スピリチュアルな苦痛等)をも緩和してしまう薬という認識が必要となります。しかし、オピオイドを過度に警戒することも避けなければなりません。正しく使えば手術の痛み、がんの痛み、一部の複雑な痛みなどがオピオイドによって緩和され、多くの患者さんが救われますので、医療に必須の薬であると理解していただきたいと思います。

そのうえで、医師は、必要とする患者さんに、適切な用量を、適切な期間処方することを心がけることが重要です。また当局は、安易な処方を許さないように、法規制をしっかり維持してほしいと思います。そして、一般の方たちには、医師と一緒に使用者に寄り添い、適正にオピオイドで痛みが緩和される、そして、不適切に使用されることないようにしっかり見守っていただきたいと思います。

1)清水啓二ほか、「オピオイド使用外来患者の乱用・依存に関する適正使用調査」、Palliative Care Research、11 巻 (2016) 2 号

山口重樹先生 獨協医科大学麻酔科教室

1992年獨協医科大学医学部卒業。1998年獨協医科大学大学院卒業。2000年米国The Johns Hopkins大学留学。2006年獨協医科大学病院腫瘍センター緩和ケア部門長。2007年獨協医科大学麻酔科学講座准教授。2012年~獨協医科大学麻酔科学講座主任教授。

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