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松戸市、都市型介護予防モデル事業の1年目の成果を報告 千葉大学、長寿振興財団とシンポジウム開催

今後、高齢者の増加の問題は農村部よりも都市部が中心になる。東京都のベッドタウンである千葉県松戸市は、千葉大学予防医学センターと共同で都市部ならでは資源を活用した地域づくりによる都市型介護予防モデル“松戸プロジェクト”を推進している。2月11日に松戸市は、松戸プロジェクト開始1年の進捗状況を総括するシンポジウム(共催:公益財団法人長寿科学振興財団、千葉大学予防医学センター)を開催した(関連する話題を本サイト「Dr.Kentの根掘り葉掘り」に掲載しています)。

千葉県松戸市と千葉大学予防医学センターによる「松戸プロジェクト」が、共同研究協定締結式で始まったのは2016年11月。人口50万人規模の都市で自治体の全面協力のもと、健康長寿を実現するための大規模な実証実験はほかに例がなく、国内のみならず世界保健機関(WHO)までが注目するプロジェクトになっている。

シンポジウムの冒頭、挨拶に立った松戸市長の本郷谷健次氏(ほんごうや・けんじ、写真1)は「現在の60歳から70歳の市民の皆さんも半数は90歳を超える。介護状態になることを回避するために、食事に注意し、体を動かし、社会活動を続けることが大切といわれているが、定量的な解析がなされていないために本当に効果をあげる方法がはっきりしない。そこで千葉大学の近藤克則先生のお話をいただいたときにこんなに重要なテーマはないと、即座に共同研究を決断した。研究成果がまとまったら街作りに反映させたい」と語った。

この松戸プロジェクトの期間は平成28年11月から平成32年3月。地域で活動する住民主体の活動やNPO、老人会などの活動を、都市に多い企業や退職者による自発的な支援を募ってサポートし、地域の高齢者が社会参加できる機会を増やして、要介護や要支援、認知症になる人々を減らすことで介護保険の給付費も減らしていこうという野心的なプロジェクトだ。

人生100年時代の定年後の 40年の生きがいを確保

挨拶に立つ松戸市長の本郷谷健次氏

松戸プロジェクトの背景には、「人生100年時代」に突入したにも関わらず十分な準備が出来ていないという関係者間の共通認識がある。過去160年間の寿命の伸び率が続けば人生100年時代を迎えることは確実視される一方で、勤労者の多くが65歳で退職する。となると現役を退いてから40年近くも生きていくことになる。「それは従来の老後や隠居というイメージからかけ離れた長い時間であり、大変なこと。この時間を、生きがいをもって生きていけるかとなると、今の日本が持っている仕組みだけでは足りない」とプロジェクトを指揮する千葉大学予防医学センターの近藤克則教授は指摘する。

近藤教授は、健康長寿社会を目指す予防政策の科学的な基盤づくりを目的とした「日本老年学的評価研究」(JAGES)の代表を務めている。JAGESはこれまで全国約40の市町村と共同し、約20万人の高齢者を対象にした調査を実施している。その結果、他人と食事や運動をするなど他者との交流や自治会や地域組織に参加する人たちで、将来、要介護状態や認知症、うつなどへの移行が少ないことが明らかになった。

50万人都市松戸市ならで強みを 活かして世界のモデルに

(写真上)
シンポジウムのパネルディスカッションに
参加するボランティアの面々

(写真下)
会議場の外では参加したNPOや
市民団体が情報を交換

近藤教授は、「これまでの研究では人口数万人規模の町を対象に地域介入研究をしてきたが、松戸市のような数十万人都市となると新しい方法論が必要になる」と指摘する。

松戸プロジェクトの最大の特徴は、従来の住民やNPOだけではなく、都市部の強みである企業や退職者を動員する仕組みを導入した点にある。プロジェクトに賛同するボランティアをリクルートするときに、今までも存在した「お手伝い型」や「講師・芸人型」「拠点運営型」に加え「プロボノ」という新しいスタイルのボランティアを積極的に募った。

プロボノとは「公共善のために」を意味するラテン語に由来する言葉で「社会的・公共的な目的のために、仕事で培った経験やスキルを活かすボランティア活動」を意味している。高齢者の活発な日常を維持するためには、既に老人会やヨガサークル、種々のNPOがあるがその持続性を確保するためには、事業戦略の策定、資金調達力の強化、チラシを作って配布する情報発信基盤の強化などの支援業務が欠かせない。

そのようなスキルは企業における専門職や管理職のスキルと重なる。企業を定年退職した人材が数多く居住する松戸市にはそのようなスキルを持った退職者・現役・企業・事業者が潜在的に多数ある。こうしたスキルをもった人や事業者を掘り起こし、既存の活動を支援する応援団として構築することが松戸プロジェクトの都市型介護予防プロジェクトと呼ばれる所以だ。この取り組みにはWHOも注目。関係者が松戸市関係者を訪問調査している。松戸市介護制度改革課の中沢豊課長は「松戸プロジェクトの有効性を証明し、世界に発信していきたい」と語っている。

活動1年で見えてきた成果と課題 企業も関心を示す

1年の取り組みの間に、4回のワークショップにはのべ229人が参加、専門スキルを提供するプロボノワーカーとしても30代から80代の19人が名乗りをあげた。マネジメントや間接支援を主業務とする間接支援型ボランティアにも、企業の管理職にいた市民6人が参加した。また製薬会社や通信、保険会社など民間企業や事業者18社が協力を申し入れてきた。シンポジウムでは、近藤教授は「松戸市プロジェクトを1年ほど続け、課題や不足している資源が見えてきた」と語った。

社会参加を促す、いつでも参加できる“通いの場のリスト”が欲しい。地域貢献に意欲がある人の人材データベース、通いの場を支援する事業者・企業のリスト、コンテンツ支援・運営支援・会場貸し出し・寄付事業・宣伝協力などのプロの不足、サイト・ニューズレター・チラシ作成などのタイムリーな情報発信のための人材、これら課題解決に取り組む主体の形成と連携が自律的に進む仕組みなどの多くが足りないと近藤教授は指摘した。

注目するのは、こうした市とボランティアの取り組みに企業が協力を申し出ていることだ。1年の間に、認知症薬を販売する製薬企業、通信会社、保険会社、フィットネスクラブ、調剤薬局、歯科医院などの多様な業種が松戸プロジェクトの参画を申し出てきた。松戸プロジェクトは多くの潜在的な引きこもり予備群に社会参加を促す試み。「人が動けば市場が生まれる。企業にとっても新しい事業モデルを構築するための機会と見ているようだ」と近藤教授は語る。人生100年時代は産業のあり方も変える。松戸プロジェクトはその実験の場としての可能性も秘めているといえそうだ。

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