医のこころ
一般社団法人 日本医療学会

動き出した日中の医療交流事業

2018年10月9日、東京都港区において一般社団法人日本医療学会と中国の全国衛生産業企業管理協会薬品与医療器械医学転化分会(以下、転化分会)が、日中医療交流事業部会創設に合意、契約書に調印した。調印式には、転化分会の李天琪(リー・ティエンチー)会長を含む7人の代表団が訪日した。同事業の目的は日本の医学、医療技術、医療機器、法規制等を中国に紹介し、同国の医療技術の向上と医療環境の健全化を図ることにある。一方、日本側にとっては、中国の医療とより密接に関わることで、世界有数の医療・健康関連市場におけるプレゼンスを高めようとする狙いもある。事業のビジョンと課題、今後のアプローチについて、日本医療学会の髙﨑健理事長に聞いた。

日中医療交流事業立ち上げの経緯は

一般社団法人 日本医療学会理事長 髙﨑 健

髙﨑 中国政府は現在、市場開放政策の一層の推進を図っており、そこには医療・医学分野も含まれています。転化分会はその政策の一環として、中国の医学・医療研究の推進、基準・規制の整備、医薬品・医療機器産業の育成等を管轄する機関として新たに設置された組織です。

一方、私ども日本医療学会は、「国民による国民のためのよい医療をつくる」ことを目的に、国内の医療者と一般の人たちが交流し、議論できる場を提供しています。私はそうした活動と並行して、中国各地で外科手術の指導や臨床研修などに20年以上携わってきました。その過程では、中国の医療関係者から多くの評価の言葉をいただくとともに、中国の医学・医療の発展のために協働で何らかの組織をつくれないものかとたびたび相談を受けていました。今回、転化分会から改めてそうした要請があったので、その思いを真摯に受け止め、我々も協力することにした次第です。

中国の医学・医療にはどのような課題があったのですか

髙﨑 患者個々に合った治療を選択し、生活指導を行うことが現在の医療の世界標準です。しかし、中国では一つひとつの疾患に対してガイドラインが完成されていないため、患者中心の医療になっているとは言えません。また、患者と医療者との信頼関係が十分に構築されておらず、両者の間で諍いが絶えないとも聞きます。さらに、医師が自分の患者を囲い込む風潮があるため、チーム医療という考え方も根付いていません。ですから私は以前から、医療のあり方を伝えるために中国の医療従事者に日本の医療を紹介する必要があると思っていました。今回の事業でも最新の医療技術を伝えるだけでなく、日本をはじめとする先進諸国の医療文化も伝えていこうと考えています。

中国製の医薬品や医療機器も増えているようです

髙﨑 たしかに中国では医薬品や医療機器の製造にも力を入れ始めていますが、そこにも課題はあります。中国政府は様々な産業の成長と海外進出を加速させるために、一般的に『新幹線方式』と呼ばれる方式を推奨しているといわれています。例えば、日本の新幹線を国内に導入し、その技術を取り込んで自国で生産し、そこに改良を加えて海外に売るというような戦略を産業界全体に奨励しているのです。しかし、生産の前段階である開発という部分が欠けていることは問題です。それでは産業の健全な発展は望めません。しかも品質や安全性に対する考え方も不十分で、80%程度と思われる完成度でも市場に出ています。そのような製品は日本を含めた国際市場ではとても受け入れないでしょう。

ただそうした中、中国国家食品薬品監督管理総局(CFDA)が2017年、医薬品の国際的な規制当局である医薬品規制調和国際会議(ICH)の新規メンバーに加わりました。これでようやく国際的な基準による医薬品や医療機器の製造と品質管理が開始されることになります。転化分会がその適切な遂行を中国国内に浸透させられるように、日中医療交流事業部会が側面からサポートしていくことになります。

中国市場への参入のハードルは高いと聞きます

髙﨑 流通に関連する課題がいくつかあるからだと思います。製品がメーカーから医療機関に渡るまでの間にいくつもの卸業者が存在し、医療機器の末端価格が日本の何倍にもなっていることが稀ではありません。また、中国で医薬品や医療機器の販売事業を開始するためには『経営許可証』が必要ですが、その認定基準が不明瞭で取得が難しいという声が少なくありません。さらに、病院の取引業者の指定基準などが明確にされておらず、日本製品の中国市場への導入を難しくしています。世界標準の流通システムや規制のあり方を伝えていくことも今回の事業の重要な目的です。

今回の事業は日本にもメリットがあるのでしょうか

髙﨑 今回の事業創設の記念講演会では中国側の代表者が、「日本の医薬品や医療機器を中国で上市するためのサポートを積極的に行う」「懸案であった臨床試験の手続き等が簡略化され、特に人種的背景が似ている日本人のデータは受け入れやすくなる」などと述べ、日本企業に中国進出を呼びかけていました。私ども日本医療学会も中国市場の窓口となる日中医療交流事業部会を設置し、日本の研究者の中国での治験実施や企業の中国進出を支援していきます。

転化分会は私どもと協力して来年(2019年)7月、医学・医療関連の国際的なシンポジウムと展示会を中国・吉林省で開催する予定です。これは日中医療交流事業の最初の大きなイベントです。中国で医薬品や医療機器の調達に携わる責任者はほとんどが政府の要人であり、今回のイベントはそうした方たちと直接言葉を交わすことができる貴重な機会です。このシンポジウム・展示会を通じて、日本の研究者や企業の方たちに中国とのパイプをぜひ構築していただきたいと思います。

調印式に参加した3氏 左から李天琪氏、大朏直人氏(日本医療学会理事・会長)、髙﨑健氏

髙﨑 健 氏

略歴 医学博士。東京女子医科大学名誉教授、牛久愛和総合病院名誉院長

1940年生まれ。1967年 千葉大学医学部卒。2006年 東京女子医科大学名誉教授。2015年 牛久愛和総合病院名誉院長

中国客座教授:中国人民解放軍総医院、中日友好医院、吉林大学第一医院

主な学会役員:日本外科学会特別会員、日本消化器外科学会特別会員、日本癌治療学会特別会員、日本肝胆膵外科学会特別会員

主な団体役員:一般社団法人 日本医療学会理事長、公益財団法人 日本教育科学研究所理事、薬品与医療器械医学転化分会名誉会長

国際学会役員:Emeritus Fellow of International College of Surgeons

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