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[対談] 現状の医療改革のために日本の医師は自己規制のもとに自律しなければならない。

医師は医療を行う特権を唯一国から認められており、患者の利益を第一に考えた最良の医療を行うと同時に社会全体の利益のために活動することが使命である。このような医師の活動を支援し最良の医療環境を確立、維持させてゆくために専門医師団体は職業集団として自律し、常に社会的認知を得られるよう活動しなければならない。こうした考えはプロフェッショナルオートノミーと称されている。私(高崎)は、「プロフェッショナルオートノミーの再評価こそが日本の医療が抱える種々問題を解決する」と考えており、医療における法律問題を通じた永年の盟友である、日本医師会の顧問弁護士の畔柳達雄先生とこのプロフェッショナルオートノミーの今日的な意義について語り合った。

医師集団におけるプロフェッショナルオートノミーとは

日本医療学会理事長
高崎健先生

高崎 医師資格は、弁護士資格と同様に、正しい学問体系に従った教育研修により習得した学識と専門技術が国家試験により審査され、国から承認された資格です。医師は医療を行う特権を与えられると同時に、個々の患者さんに対し最良の用務を提供すると共に社会全体の利益のために働く任務を託されています。

この役割を責任もって果たすために、患者さんの利益を第一に考える医師達を支援するために専門医師団体が活動しなければならず、これこそがプロフェッショナルオートノミーの本質であると考えています。

一方で、近年は医療問題の解決は行政に委ねるという後ろ向きの姿勢が医師の間でも強くなってきました。医療現場における裁量と責任も最終的には医師にかかってくると思いますが、最近はそれをないがしろにする風潮が気になっています。畔柳先生はどのようにお考えですか。

畔柳 おっしゃる通りです。一方、プロフェッショナルオートノミーには、自分の職業を外部から侵されないように防衛するという側面もあります。そこも忘れてはならない視点です。

高崎 なるほど。確かにそれが自分たちの職業を独占的に都合の良いように守ることにつながることは避けねばならないでしょうね。

畔柳 その通りですね。プロフェッショナルオートノミー概念の中心は、“責任と義務”です。また、外からの干渉を防ぐには、外部を説得できるだけの技術なり、論理なりを持っていなければなりません。それが自己規律ということです。

高崎 弁護士におけるプロフェッショナルオートノミーと、医師におけるそれに違いはありますか。

畔柳 基本的には大きな違いはないでしょう。ただ医師の場合、科学的学問体系に基づき最終判断までを医師が下します。一方弁護士の場合、法律の条文やその解釈は、必ずしも純粋な科学的思考に基づいているわけではありません。また、裁判になった事案の多くは、最終判断は裁判官が下すことになります。そこが少し違うと思います。

医師の自己裁量をどう捉えるか

兼子・岩松法律事務所
畔柳達雄先生

高崎 医師は自己裁量を大変重視します。ただ、どこまでが自己裁量として許されるかという点は明確ではありません。

畔柳 法律学上「裁量」とか「自由裁量」という言葉については難しい議論があります。先生がここで取り上げているのは、「医師が医療行為をする場合にどこまで裁量することができるか」という問題だと思います。医療行為については「医学的判断の基準が細部までが決められていない以上、裁量の自由がある」とするのが一般的な見解です。

実際問題として、現場で速やかな判断が求められることを常とする医療の場合には、医師の裁量は非常に重要ですし、尊重される必要があります。しかし、「自分には裁量権があるのだから素人は黙っていろ」というのは間違いです。抽象的にいえば、そのときの医学的判断、医療行為が当該医療分野の医師の水準・基準に見合うものでなければ、正しい裁量とはいえないでしょう。

高崎 その判断基準は医師集団の内だけで通じるものではなく、国民に認知される必要がありますね。

畔柳 そうです。現代の医療は、かつてのパターナリズムから離れて、医師専門家集団自体が社会に対し、自分たちの論理を積極的に明らかにし、理解してもらえるよう努める必要があると思います。今流にいえば透明性と説明責任が伴います。

より良い医療を目指す主体は?

高崎 近年の医療事情を巡っては、地域格差、最新医療の導入の判断、医師教育問題など課題が山積しています。より良い医療を目指すために、誰がどのように行動するべきなのでしょう。

畔柳 おっしゃるとおり、その辺りが日本の医療の最大の課題ですね。医療界、学会がばらばらで、行政も手をこまねいているように見えます。

高崎 医師の団体や学会が主体となってきちんとした将来像を示し、行政に働きかけるようにならなければならないということですね。

畔柳 そのとおりです。そのためには全医師が一丸となって団結する必要があり、終局的に、自治・自律機能を有する強制加入団体が必要です。日本医師会、都道府県医師会を含めて、現状はその仕組みが整備されていません。

参考になるのは欧州の医師専門家集団です。彼らは自分たちが生き残るための方策を考え抜いています。例えば英国では、医師免許を管理する組織として、国から一歩離れた「General Medical Council=GMC(医師評議会)」があります。同国の医師は、全員GMCに登録され、「Good Medical Practice」の遵守を義務付けられ、絶えず勉強し、最新の技術を身につけることを求められています。

またドイツでは州政府が医師免許を管理していますが、州ごとに強制加入の医師会が設置され、その医師会が主体になって、専門医教育を含む卒後教育、医療倫理教育を各学会と連携して行なっています。

高崎 専門医という資格が重要な意味を持っているわけですね。そこはかなり日本とは事情が違いますね。日本の専門医制度は広告規制を回避する必要性から発足した経緯もあり、資格としての厳密さに欠けているきらいがあります。各学会も考え直さなければならないでしょう。

畔柳 日本医師会内部でも、専門医制度をどうするかという検討が進められています。

高崎 中には厳密な制度の施行、審査を行っている学会もあります。例えば日本胆肝膵外科学会の高度技能専門医は、経験10年の医師でも取得が難しくなっています。そのような厳格な審査を通過した医師が、各地で後進を指導して日本全体のレベルを上げ、地域格差をなくしていこうというところまで来ています。それが本来のプロフェッショナルオートノミーではないでしょうか。

畔柳 そのとおりです。また、全員が加入し、科学的思考を志し、誤りに対しては自ら襟を正すことのできる自律的団体なしには、プロフェッショナルオートノミーの確立は難しいと思います。

その点やはり、欧米は整備されていると思います。アメリカの事情は十分知っているわけではないのですが、連邦政府が一括して全米の医師を管理しているわけではありません。州政府の問題であり、イギリスのGMCに似た、州政府とは一歩離れたMedical Boardという組織が管理しているようです。

翻って日本では、医師免許は厚生労働省が一括管理していますが、会員に対する実質的な管理が、都道府県弁護士会にある弁護士会と対比して、このままでは、問題のある医師の管理ができるとは到底考えられません。実態は名簿の管理のみといってよいでしょう。

高崎 行政が動く前に、日本医師会にその役目を担ってもらうのがよいのですが。

畔柳 日本医師会、都道府県医師会の現状は、前述のように強制加入団体ではなく、任意団体ですのでそれは難しいでしょう。日本医師会は大きな医師集団ではありますが、現段階は、不十分な強制力しかありません。団体である以上懲戒権はありますが、医師免許には及びません。

高崎 医師免許の取り消しは行政が行うにしても、取り消すかどうかの判断は日本医師会などが行う、といったことはできないのでしょうか。

畔柳 ドイツの各州医師会が行なってきたことを参考にすれば、できるとは思います。簡単にいえば、医師会で、当該医師に医師としての資格に疑問がある実態を判定して、行政に通知するという方法です。(拙稿「ドイツの医師免許制度と医師に対する懲戒制度」小島武司先生古希祝賀 民事司法の法理と政策下巻985頁所収 2008年8月(株)商事法務)。

今の日本の制度として、医道審議会が設置されています。医道審議会に託された役割には、例えば現在のように刑事裁判の有罪判決を見て後追い処分することだけではなくて、医師行為が医療倫理に反するか否かを判定することも託されています。医師免許の取り消し、再免許を定めた医師法第7条2項は次のように述べています「医師が第4条各号のいずれかに該当し、または医師としての品位を損するような行為があったときは、厚生大臣は次の処分をすることができる。」わざわざ有識者を集めた医道審議会の最も重要な役割は、後段の「医師としての品位を損する行為」であるか否かを判定することですが、同種の規定を置く弁護士会と異なり、この規定は無視されたままです。

高崎 行政のシステムとして医師団体の検討で懲戒の判断を行う権限があるのですね。

畔柳 あるのですが、一度も行使されたことはありません。また、医道審議会の委員の主 体は医師ですから、実質医師集団が権限を持っていると考えてよいと思います。

ここで米アメリカの例を引きますと、1990~99年に2670人が懲戒を受けています。そのうち265人が医師免許停止、461人が自発的な免許放棄、535人が免許取り消しになっています。

高崎 日本と比べると桁違いに多いですね。それだけ職業集団として自らを厳しく律しているのですね。日本では行政の権限が大きく、医師の裁量が軽視されてきた風潮の根もここにあるのでしょうか。

畔柳 欧米では懲戒権を持つ団体が、行政とは事実上一歩切り離されていることにも注目する必要があります。

高崎 現在、様々な医療領域で、診療ガイドラインの整備が進んでいます。ガイドラインを策定するのは医師集団ですが、いったん出来あがると、ガイドラインに沿わない治療選択が是とされなくなり、ガイドラインが医療行為を縛るのではないかと懸念しています。

畔柳 医師にもいろいろな方がいますので、現在の医療水準にかんがみて、最低限はここまでは遵守してくださいという線引きは必要だと思います。その意味で治療の標準・水準を示すガイドラインは本来あってよいのですが、行政庁の作るガイドラインなどの中には、行政上の取り締まりの手段など全く別の目的に利用されるものもあります。

このような例では、ガイドラインに則らない診療を施行した施設に対して例えば、特定機能病院の承認を取り消すといったような形で使われます。ただ一口にガイドラインといっても内容形式様々であり、一律に議論するのは無理だと思います。高崎先生に関心があるのは、医療事故の裁判で過失認定の資料として取り上げられる専門学会の診療行為についてのガイドラインかと思われます。

ガイドラインに沿えば過失はないと判断されると考えて、訴訟対策として策定しているとしか思えない例もありますが、専門学会が策定したガイドラインがある場合には、裁判所を含めて法律家がガイドラインと現実の医療との落差を問題にすることは避けられません。その意味で、ガイドラインを作るときあまりに理想に走ることは避けるべきです。

かつて未熟児網膜症訴訟が多発しましたが、ある大学の著名な医師が、自分では追試したこともないのに、簡単に治療できるようなことを、専門雑誌に繰り返し発表したことが、混乱の原因であったことを改めて回顧する必要があります。

 

医師免許の更新をどう考えるか

高崎 今、弁護士資格は更新制になっているのですか。

畔柳 現時点では、なっていません。その代わりに日本弁護士連合会では、卒後研修を厳しく実施していて、すべての弁護士が10年ごとの倫理研修を受けなければなりません。近年、弁護士の仕事の中身が裁判所外に広がり、法律も変わり、扱う内容も大きく変わってきていますので、充実した研修の必要性が高くなっています。免許の更新については、人間の生命を扱う医師の場合とは若干違うのかと思いっています。

高崎 現在日本の医師免許は終生資格になっていますが、生涯教育の一端として学会の専門医資格の更新があります。しかし資格更新に必須の研修単の中に、日本医師会から発信されている今後の日本の医療行政などに関する事項などが研修単位に入っていないなど、日本専門医機構と日本医師会との連携はまだまだの感がありますね。

畔柳 日本医師会でも専門医のあり方も含め、委員会を設置して検討しています。

高崎 専門医制度についても、専門医機構と日本医師会が協調して運営管理してくれればと考えているのですが。

畔柳 現在の日本医師会の組織率は60%前後ではないでしょうか。私は、30万人を超える日本の医師を1カ所で管理するのは無理があると考えています。北欧などは一国の人口1000万人以下でそれにほぼ比例した医師数だから1つの組織で一括管理できますが。2000万人ぐらいが限度ではないでしょうか。ドイツの人口は8300万人程度ですが、医師会は全国に17あります。州の数も16とほぼ同数で、これらが医師を管理しています。日本でも、一つの医師会をこの程度の規模にしないと、具体的な管理は難しいでしょう。その意味で日本の場合、都道府県を基本にして幾つかの医師会を再組織して強制加入とし、それら医師会の上部団体として全国組織の一つの医師会があるという図式もあり得ると考えています。


警察の介入は海外の方が激しい

対談を終えた2氏

高崎 医療事故の問題についてはいかがでしょう。最も大きい干渉は警察の介入でしょうか。

畔柳 現在医療安全の見地から医療事故調査制度はありますが、刑事司法とは無関係なので、現状は必要があれば、いつでも刑事司法が発動し、刑事処分が行われます。

高崎 早期から警察が乗り出してくるのは、日本独特ですか。

畔柳 そんなことはありません。どこの国でも、必要があれば、刑事司法が発動されます。刑事法の考え方、法律の条文の内容が国によって異なるので、相互の比較は困難ですが、むしろ海外の方が厳しい側面もあるという印象を受けます。

高崎 プロフェッショナルオートノミーがよく機能し、まず医師の間で厳格綿密な調査検討を行うような制度が整えられれば、すぐに警察に届けるという風潮も緩和されると思うのですが。

畔柳 そのような風潮に対処するために考えられたのが、「医療安全調査委員会設置法案(仮称)大綱案」だったのですが、一部の医師たちための誤解のために成立しなかったのは非常に残念です。まともな法律家が考えれば、バランスが取れた内容で、国民の支持も十分得られた案であり、是非この方向で法制定して頂きたいと望みます。再三繰り返すように、専門家が自ら悪いものは悪いとしなければ、誰も専門家を信じないということに尽きます。

高崎 結論からいうと、プロフェッショナルオートノミーとは、難しい話ではないのですね。

畔柳 そうなのです。きわめて常識的なことを、論理的に展開するということですから、医師は自信をもって医療に取り組んでいただきたいですね。

高崎 プロフェッショナルオートノミーの重要性を再認識できましたが、同時にその権限を委ねられた医師の側には、大きな責任と義務を自律的に果たすことが強く求められていることもよく分かりました。本日はありがとうございました。

畔柳達雄先生(くろやなぎ・たつお)

日本医師会顧問弁護士。1955年東北大学法学部卒業、57年に弁護士登録(9期、第二東京弁護士会)、兼子・岩松法律事務所開設。89年北里大学医学部病院倫理委員会委員、同臨床薬理審査委員会委員。96年に第二東京弁護士会懲戒委員会委員長、厚生省「情報化社会における医療法制の在り方に関する研究班」医員。90年に東京都監察医務院倫理委員会委員、01年国立感染症研究所医学研究倫理審査委員会委員、公益財団法人民事紛争処理研究基金常務理事(05年から顧問)、2006年5月、世界医師会「医の倫理員会、社会医学委員会Adviser」現在医に至る。05年に東北大学学位記(法学博士)取得

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