医のこころ
一般社団法人 日本医療学会

細胞シートによる食道内視鏡治療後に生じる潰瘍の治療(再生医療)

腫瘍の浸潤が食道の粘膜組織にとどまる早期の食道がんに対して、内視鏡的粘膜下層剥離術(endoscopic submucosal dissection:ESD)が行われている。しかし、粘膜切除の範囲が広い場合、術後に潰瘍部分が瘢痕化し、食道が狭窄する合併症が高率に起きる。東京女子医科大学先端生命医科学研究所の大木岳志講師は、同研究所の岡野光夫教授が開発した「細胞シート工学」を応用し、潰瘍部分を細胞シートで覆い術後の狭窄を予防する新しいアプローチを確立された。その概要をお話しいただいた。

食道がん切除後の潰瘍予防を考えた

日本医療学会理事長の高崎健先生

高崎 大木先生は、外科医でありながら内視鏡下手術も行い、さらに先端生命科学として再生医療にも取り組まれているとのことですね。まさに、患者さんを治すためには何でもやるという姿勢をお持ちです。その思いを貫かれて今回、世界で初めての食道がんにおける再生医療の応用に道を開かれたわけです。まずその経緯からお聞かせください。

大木 腫瘍が粘膜組織にとどまる早期の食道がんにおいては、ESD(内視鏡を使った手術)が日常的に行われています。このESDでは、粘膜の切除後に粘膜組織が欠損した潰瘍という状態となり筋肉組織が露出します。そのため食道が狭窄を起こしやすいことが問題となっていました。特に切除する範囲が食道の3/4周を超えると、高率に狭窄を起こします。

高崎 狭窄とは食道が狭くなることですから、食べ物が詰まって食事ができないとか、吐いてしまうといったことが起きるわけですね。

大木 そうです。それで、この狭窄を何とか予防できないものかといつも考えていました。そもそも狭窄の原因は潰瘍にあるわけですが、私は粘膜切除によって潰瘍化した部分に何も処置をしないことに以前から疑問を感じていました。

高崎 普通は、切除したあとはその部分が自然に治癒するのを待つわけですね。

大木 そうです。しかし、傷をつけたところに何もしないのは治療者として手抜かりではないでしょうか。そう考えていたときに、私が所属する東京女子医科大学の先端生命医科学研究所の岡野光夫先生が、患者さん自身の細胞をシート状に増やして、再生医療に利用する細胞シートという技法を確立されました。 しかも大阪大学の西田幸二先生のグループがそこの方法を利用して目の角膜の再生治療に成功されたことを知りました。そこで、食道がんのESDでもこの細胞シートで術後の傷を覆えば、組織の潰瘍化を防げるのではないかと考えたわけです。

高崎 たしかに、粘膜が欠損した部位をそのままにしておくのでは、治療としては不十分といえるかもしれませんね。そこでその部位の食道に細胞シートを移植するわけですね。細胞シートを作るため増やす細胞は患者さんの身体のどこから採取するのでしょうか。

大木 移植をする部位と同じような部位の細胞を、移植をするご本人から採取します。iPS細胞やES細胞では、がん化などのリスクの懸念があり、安全性の面でまだ課題もありますが、我々の細胞シートは自己の細胞を培養したものなので、拒絶反応などの問題もなく、がん化などもこれまで一度も経験していません。

口腔粘膜の細胞でシートを作成

東京女子医科大学講師の大木岳志先生

高崎 食道がんですから食道粘膜の細胞を採取するわけですね。

大木 もちろん、そうできればよいのですが、食道は筋肉の薄い管ですので、粘膜を採取する際に穿孔(穴が開くこと)のリスクがあります。また、細胞の培養は手術前に行いますので、食道から採取するとなると、患者さんに手術前と手術時の2回、内視鏡治療の負担をかけることになります。そこで私どもは、口腔粘膜(口の中の粘膜)から細胞を採取しています。皮膚でも可能なのですが、皮膚を傷つけると審美性(見た目)に問題が生じます。口の中であれば外から見えませんから、そうした問題はありません。また、口内炎などでだれでも経験することですが、口の中は傷ついても治りが非常に早いという利点もあります。

高崎 消化管は1本の管ですから、食道粘膜と口腔粘膜では類似性もあるということですね。

大木 はい。口腔も食道も同じ扁平上皮という組織で連続性をもってつながっています。ですから、口腔粘膜の細胞であれば食道の組織も再生しやすいと考えました。通常培養して作れる細胞シート1枚は直径が約23mmですが、その大きさにするためには直径6mm程度の組織が必要です。患者さんの口腔内に局所麻酔をして採取しますので、大きな負担なく済みますし、入院の必要もありません。最近は傷が目立たないように、生検トレパン(円刃)または紡錘状にメスで採取し、傷口をトレパンであれば1~2針縫うようにしています。口腔粘膜では糸がすぐに粘膜で覆われてしまうので、2日程度で抜糸します。

高崎 培養にはどの程度の日数が必要なのでしょうか。

大木 約16日です。早期の食道がんでは、通常のESDでも当科では予約が多いため術日まで1か月程度待っていただいています。術日の16日前あたりに口腔外科医に粘膜細胞を採取していただき、培養を開始します。

そして、細胞シートを培養器から剥がすのはESDの直前です。細胞シートは通常、37℃で培養していますが、剥離するときは20℃に下げた培養器に移しますので、培養器を入れ替えるタイミングをESD開始の時間に合わせる必要があります。そこで、内視鏡室に培養器を2つ置き、ESDが終了したらすぐに移植を初められるように、細胞シートの担当スタッフが準備します。

高崎 具体的に、どのように移植するのでしょうか。

大木 工学の先生方と共同で移植用のデバイスを開発しました。内視鏡の先端にバルーンがあり、そこにシートを乗せて患部まで運び、患部でバルーンを膨らませてシートを直接移植します。そのまま10分ほど待ち、バルーンを縮めるときれいにシートを移植できます。ESDの技術がある医師であれば特別な技術がなくてもできますので、ESDの延長でそのまま移植も行います。

高崎 しかし、粘膜が無くなって潰瘍化した組織にそれほど簡単に細胞シートが接着するものなのでしょうか。

大木 培養中の細胞の細胞外マトリックス(細胞を覆っている物質)には接着タンパクが存在します。細胞シートにはその接着タンパクが残っているので、非常に接着しやすい状態になります。スコッチテープのようなイメージです。先述した西田先生たちの角膜移植では、5分程度で接着することが報告されています。食道の場合はもう少し時間はかかりますが、10分程度で接着します。

高崎 素朴な疑問ですが、自己の細胞とはいえ、シートを接着した部分が感染することはないのでしょうか。

大木 粘膜切除によって内部組織が露出するわけですから、たしかに感染の可能性は想定されます。ただこれまでは、感染を一度も経験していません。通常のESDで潰瘍ができても、潰瘍面に感染が起こることもまずありません。食道は食物の通り道ですので、日常的に汚染にさらされている臓器だと思います。ですから逆に、感染に強いのではないかと推察しています。もう1つは、自己の細胞を使っているので、異物を移植するより感染に強いということも考えられます。

再生医療の対象範囲は広がっていく

高崎 これまでの成果をお聞かせください。

大木 2008~2010年に術後狭窄の可能性が高い2/3周以上の粘膜切除例10例で細胞シート移植を行いました。そのうち重症度の高い全周および胃の一部を切除した1例で狭窄が起きました。この症例では、吻合部の狭窄だけはバルーンによる拡張処置を行いましたが、2週間程度で潰瘍は覆われ、最終的に狭窄も治っています。

高崎 ノーベル生理学・医学賞の選考機関でもある、スェーデンのカロリンスカ研究所とも共同研究をされていますね。

大木 はい。日本人の食道がんでは扁平上皮がんが多いのですが、西欧ではバレット上皮がんという病理学的に異なった食道がんが主流です。バレット上皮がんの場合はほとんどが全周切除になるため、狭窄も非常に多くなります。そこで欧州の研究者と一緒に、バレット上皮がん切除後の狭窄を細胞シートで低減できないか検討していることころです。経過は良好なので、最終的な結果が楽しみです。

高崎 そうしますと、細胞シートを日本でつくりスウェーデンに運んだのでしょうか。

大木 細胞シートには温度、湿度、気圧が安定した環境が必要です。さすがにスウェーデンまで空輸することは難しいので、現地の研究者に培養と移植の方法を指導しました。ただ空輸はまったく不可能ではなく、すでに私どもで培養した細胞シートを長崎大学に運び、そこで移植することに成功しています。この長崎大学との共同研究にあたり、安定した状態で培養細胞を移送できる運搬機も開発しましたので、システムを構築できれば全国のどの病院でも移植は可能です。

高崎 素晴らしいですね。今後の展望として、細胞シート工学の応用で臓器そのものをつくることも可能でしょうか。

大木 細胞シートを重ねて心臓のような3次元の構造をつくることは、理論的には可能だと思います。最近はインスリンを分泌する細胞シートの研究なども進んでいるようですので、想像以上のスピードで再生医療の対象範囲は広がっていくもの思います。

高崎 私の恩師である故・中山恒明先生は日ごろから、「人間は自分で体の障害を治す能力があり、患者さんは自分自身でコントロールして治している。医師はその手助けをしているだけだ」とおっしゃっていました。まさに、自己の細胞で傷ついた部位を治すという細胞シート工学は、それを実証していることになりますね。岡野先生が確立された細胞シート工学は日本発の業績であり、世界初の試みです。大木先生には、その研究をさらに発展させていただき、医学の歴史に残るような画期的な治療に結びつけていただきたいと思います。本日は、大変興味深いお話をありがとうございました。

大木岳志先生(おおき・たけし)

1996年昭和大学医学部卒業、同年に東京女子医科大学消化器外科入局。2002年東京女子医科大学大学院医学研究科外科系専攻消化器外科分野(高崎健主任教授)入学、2006年同大学院卒業、医学博士取得、同年より東京女子医科大学消化器外科助手・先端生命医科学研究所助手(兼務)。2012年より同消化器外科准講師・先端生命医科学研究所准講師(兼務)。2014年より消化器外科講師、先端生命医科学研究所講師(兼務)、現在に至る。

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